一人の男がいた

今日の天気 曇り時々晴れ。


一人の男がいた。
責任感の強い一人の男がいた。
同僚から尊敬され、そして上司からの信頼が厚い一人の男がいた。
若い頃、どんな仕事にでも愚痴を言わず無言で仕事をやった一人の男がいた。
無理難題を持ち込まれても笑顔で仕事にあたり、約束の期日まできちんとやる一人の男がいた。


時は経過して、社長に次ぐ地位を得た一人の男がいた。
会社のため、社員のためと寝食を忘れて仕事をやった一人の男がいた。
社員から相談ごとを持ち込まれると、どんな遠いところでも、どんな時間でも駆けつける一人の男がいた。
社員が喜んでいる時は一緒になって喜び、悲しい時は一緒になって涙を流す一人の男がいた。


さらに時は経過して、自分も歳を取り、後輩に仕事を託すことを決意した一人の男がいた。
仕事をやめてからも時々会社に顔を出すと、社員からも同僚からも暖かく迎えられる一人の男がいた。
社員らに会社に勤めていた時より痩せてきたことを心配させる一人の男がいた。
会社に来るたびに痩せていくように見える一人の男がいた。
一年程前から会社に顔を見せなくなった一人の男がいた。


読経の中、焼香が始まりました。祭壇には元気であった一人の男の写真が飾ってあります。
元気であった頃の写真でなんともいえないあの笑顔です。
「人間は必ず死ぬ」ということは分っているけど、もう少し長生きさせることは出来るでしょうに。
親族が「仕事ばかりの人生でした。でも、退職後、毎日家族と一緒に楽しく時間を過ごすことが出来たのは皆様のお蔭です」と涙をこらえて参列者に挨拶したのが心に残りました。


寒い一日でした。尊敬する先輩を見送り心も寒々としています。
「大変お世話になりました。本当にありがとうございました。向こうに行ったら奥様に会えますね。奥様孝行を是非やってあげてください。それからいずれそちらに行きます。その時は又ご指導をよろしくお願いします。いつまでも忘れませんから」。