今日の天気 くもり


一気に涼しくなりました。昨日は敬老の日。学校はお休みでした。3人の孫台風が突然我が家に襲来し、我が家の家計に相当の被害を与え、「ごちそうさまでした」と一言言って去って行きました。1年に一度の「敬老の日」。主人公は僕なのですが、なぜか無視されてしまいました。孫たちは僕をまだ老人とみていないようで安心しました。


今年9月1日現在で100歳以上の高齢者が昨年より3千3百人増えたそうです。このまま増え続けていった50年後の世界を予想してみました。
お時間がありましたら読みになってください。いつか知らぬ間に眠りの世界に誘いこまれていると思います



[敬老の日]
『今年(2011年)、100歳以上の男女は、9月1日現在で4万7,756人(女性87.1%・4万1,595人)となり、昨年より3,307人増え、過去最高となりました。また、今年中に100歳を迎える男女は2万4,952人でこれも過去最高となりました』。(FNNフジニュースネットワーク)


[平均寿命と6世代・6家族]
このお話は2060年(平成72年)頃のお話でございます。
ある一軒家に150歳になるオジイサンと148歳になるオバアサンの一族、6世代、6家族が住んでいたのでございます。
2060年頃の日本人の平均寿命は、女性は160歳、男性は150歳でございまして、2010年頃に比較しますと、女性、男性とも70歳以上伸びたのでございます。
オジイサンとオバアサンの一族は、一番上のオジイサンが150歳で一番上のオバアサンは148歳でございました。その子どもである二代目のオジイサンは125歳でその連れ合いのオバアサンは121歳、そして三代目にあたる孫夫婦のオジイサンは100歳、奥様は99歳、そしてひ孫夫婦のご主人は75歳、奥様は70歳、さらに孫が続いてそのご主人は50歳、奥様は48歳、そして一番下の何とか孫のご主人は25歳、奥様は23歳でございましてオジイサンとオバアサンが沢山住んでいたのでございます。
昔「桃太郎」というお伽話に「昔、むかし、あるところにオジイサンとオバアサンが住んでおりました」というところがございますが、2060年頃は「いたるところにオジイサンとオバアサンが住んでおりました」という時代になっていたのでございます。オジイサンとオバアサンの一族は、歴代子どもは一人でございました。
2060年頃は一軒家に6家族が住んでいることは、そんなに珍しいことではございません。
※注(2060年に後期高齢者は100歳以上になり、後期高齢者はオジイサン・オバアサンの呼称にしました)















[一軒家に住む理由]
1960年(昭和35年)頃にマンションという建物がございました。マンションという建物に一番上のオジイサンと一番上のオバアサンが住んでいたのでございます。子どもが生まれ、その子どもが大きくなり結婚したのでございますが、子ども夫婦は、結婚後もしばらくオジイサンとオバアサンと同居していたのでございます。そのうち子ども夫婦に赤ちゃんができたのですがマンションは5人が住める広さがないため、子ども夫婦は他のマンションを購入してそこに移っていったのでございます。
平均寿命が延びるにつれオジイサンとオバアサンの一族は増え続け、一族の住むマンションの購入費用は莫大なものなったのでございます。そこで、表計算ソフトのエクセルで計算したところ、郊外に広い土地を買い、家を建てた方が得だということがわかったのでございます。
そこで今まで住んでいたマンションを売払い、郊外に広い敷地を買い求め、4家族が住める家屋を建てたのでございます。そして、一族が増えるにつれ増築することにしたのでございます。その頃は、パソコンがあればどんな場所に住んでいてもお仕事はできたのでございます。通勤は一部の人に限られていたのでございます。















[なぜ、平均寿命が長くなったのか]
続いて平均寿命がどうして長くなったのかをお話せねばなりません。
2010年(平成22年) の頃、ガン、急性心筋梗塞脳卒中が三大疾病と言われ、日本人の死亡原因の6割がこの三大疾病で亡くなっていたのでございます。
特にガンは日本人の2人に1人がかかり、3人に1人がガンで亡くなる時代でございました。毎日、千人近くの人が亡くなっていたのでございます。
余談でございますが、私の何代も前のオジイサンが肺がんにかかり、運よく助かり天寿を全うしたという話を聞いたことがございます。
日本はガンの研究と治療は世界の最先端を行っていたのでございますが、ガンで亡くなる人は年々増加していったのでございます。
しかし、日本人の粘り強い研究の結果、2020年(平成32年)ついにガンの特効薬を見つけたのでございます。その後、日本ではガンで亡くなる人はいなくなったのでございます。
ガンの特効薬が出てから3年後に急性心筋梗塞脳卒中を予防する特効薬と治療薬が相次いで発明され、日本人の三大疾病と言われたガン、急性心筋梗塞脳卒中は日本から壊滅したのでございます。これらの薬は全世界で使用することが認められ、日本人は医学会に大きな貢献をしたのでございます。
三大疾病の特効薬を発明した日本人3人は当然のことながら、ノーベル生理学・医学賞を受賞したのでございます。1987年(昭和62年)に利根川 進さんという人がこの賞を受賞してから36年振りのことで、3人が同時に同じ賞を受賞するのは世界でも珍しいことでございました。
そのようなことで日本人は世界でも大変有名になり、外国旅行先ではサインを求められることが多くなったのでございます。日本人の鼻が高くなり外国人と見分けができないようになったのでございます。
そんなことからして、日本人の平均寿命はどんどん伸び、女性の平均寿命は過去何十年も連続で世界一でございましたが、男性も世界一になったのでございます。
世界一の長寿国日本。バン、バンザイでございます。














[年金改革]
ところが大きな問題が発生したのでございます。
年金のことでございます。
2010年(平成22年)頃、女性の平均寿命は約86歳、男性は79歳でございましたが、今から思いますと大変お若い年齢でございますが、それでも少子高齢化と言われた時代でございます。
年金受給資格年齢が60歳から65歳に引き上げになったのもこの頃でございます。しかし、その後、ガンなどの特効薬が見つかって亡くなる人はいなくなり、その結果、平均寿命が伸びて年金受給者は毎年、増加していったのでございます。子どもの出生率は相変わらず低く、将来の年金保険料を納める人が少ないでは、年金制度は破綻することが目に見えているのでございます。
そこで、当時の内閣、125代、86人目の能田総理大臣によって年金改革が行われ、年金受給資格年齢を80歳に引き上げられたのでございます。そして、年金受給期間も20年間と決められ、100歳になった誕生月で年金受給は終わりとなったのでございます。
その後は、電気・ガス・水道代は無料、電車・バスの乗車は無料。映画観賞は無料。スーパーでの惣菜の買い物は無料。ゲートボールの入会費は無料。自治会費は無料。寄付を求められた場合、気持ちだけ寄付。医療費は無料。薬剤はジェネリック医薬品を利用することで無料。老人として少しぜいたく品と思われ物の購入は、住んでいる市町村長に申請をだすことになったのでございます。
100歳を越しますとお迎えを待つだけになりますので欲しいものは極端に少なくなり、食べる量も少なくなります。年金で一定額を支払うより、無料にしたほうが国の負担を少なくできると考えたのでございます。これも表計算ソフトのエクセルを使って計算したのでございます。
年金受給資格年齢を80歳に引き上げられたのと同時に労働基準法の改正も行われ、就業規則に定年は80歳とするということを明示することになったのでございます。
前にも言いましたが、その頃はパソコンがあれば在宅勤務で仕事をすることができましたので会社に出勤することはございません。
(続く)