銭湯の思い出

今日の天気 晴れ


















銭湯、懐かしい言葉です。
小さい頃、内湯があった家はほとんどなく銭湯に行っていたものです。
子供にとっても社交の場所だったのかもしれません。洗髪は別に料金をとられたような気がします。坊主頭なのにどうして大人のように料金をとられるのか不満に思った時もあります。
風呂からあがったとき、湯タオルで体を拭いているのを見て、あんな大きなタオルが欲しいなぁと思ったこともあります。


壁には富士山の絵が描かれており、それを湯船につかりながら見たものです。
ほかの銭湯に行っても壁に描かれている絵は富士山です。銭湯にはなぜ富士山が多いのか不思議でした。
脱衣場には大きな鏡がありました。この鏡は男女の脱衣場の隔壁の役目をしており、かなり大きなものでした。
どうしてこんな大きな鏡が必要なんだろうと思いました。
自分の裸体はもちろんのこと、他人の裸体もばっちり映ってしまう大きな、大きな鏡です。
ここで自分の顔とニラメッコしたり、全身をチェックしたり、他人の体と比較したりしたものです。この鏡は美男子は美男子に、醜男は醜男に、何の修正もしないまま正しく映る鏡でした。お腹のでている大人はこの鏡に己の醜い肉体をみて、油汗をたらり、たらりとながし痩せる努力をしているオジサンもいました。
女性側の鏡も無修正のまま映る鏡であったと思います。


番台にはいつもお婆ちゃんが座っていました。
若い女性でしたら、恥ずかしくて裸になれなかったかもしれません。青春時代でしたから。
お婆ちゃんでしたから、どうどうと裸になれたものです。これは何故かわかりません。


今は銭湯が「健康ランド」にかわり、番台もなくなり入湯券は機械から求める時代になりました。富士山の絵はいつの間にかなくなり、露天風呂に入って自然をお楽しみくださいということになりました。番台に座っていた御婆ちゃんは、若い女の子たちになり「いらっしゃいませ」と愛嬌をふりまいています。番台は受付になりました。

 
昨日も健康ランドに行ってきました。内湯よりの〜んびりできます。
手足を思いっきり伸ばしても浴槽に届きません。誰も浴槽にいなかったらひと泳ぎしたくなります。先日、温泉が大好きな孫と一緒に来た時、孫が浴槽で泳ぎました。孫に注意をしました。
「ここはプールじゃないから泳いじゃだめ。熱くてもじっとしていなさい」
孫が泳ぎたくなる気持ちがわかります。