我が町の公園では梅が咲き、河津桜が咲き、日ましに春めくこのごろですが、
まだ、まだ雪深い古里から「大甞飴」(たいしょうあめ)という飴が送られてきました。


昔、むかし、半世紀以上も前の昔。僕がまだ中学生の頃、初めてこの飴を食べた時
得も言われぬおいしさ」に20cm以上も飛び上がり、この世にこんなおいしい食べ物があったのかと驚いたものでした。
当時は甘いものが少ない時代でした。その時の衝撃が今でも残っているのです。


この飴は大正天皇の即位記念として大正4年に製造され、冬場の寒い季節に限って製造・販売されます。
なぜ冬場に限定されるかと言いますと、この飴の原材料は水飴、砂糖が主で暖かいと柔らかくなり、
オブラートで包まれているとはいえ包装紙にくっついてしまうからではないかと思っています。
寒いとこの飴は固まって簡単に割ることが出来なくなり、包装紙に包んだまま机の角などにぶっつけて割って食べました。


「甘くておいしく、それに甘さが少しもくどくない」(個人の印象)飴でどこでも販売しているものではなく、
時々、「北海道物産展」をやっているのを見かけ行ってみるのですが、いまだ「大甞飴」(たいしょうあめ)
を売っているのを見たことがありません。
古里に帰るたびに「大甞飴だ、大甞飴だ」と騒いでいるのを覚えていた姉が送ってくれました。


古里はまだ雪の中。遠く離れたスーパーまで飴を買いに行った姉の姿が目に浮かびます。
ありがとう。大事に食べます。




古里に「袖ケ浦公園」の春を届けます。

(袖ケ浦公園の河津桜)